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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)11号 判決 1999年3月24日

主文

特許庁が、平成八年審判第一一五六二号事件について、平成九年一一月一四日にした審決を取り消す。

特許庁が、平成八年審判第一一五六三号事件について、平成九年一一月一四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた判決

一  原告

主文と同旨

二  被告

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者間に争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙商標目録記載の構成よりなり、第二一類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉およびその模造品、造花、化粧用具」(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令別表の区分による。以下同じ)。を指定商品とする登録第一七七七三三二号商標(以下「本件第一商標」という。)及び別紙商標目録記載の構成よりなり、第一七類「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とする登録第一七九五三二八号商標(以下「本件第二商標」という。)の各商標権者である。

本件第一商標は、昭和五八年一月一二日に登録出願され、昭和六〇年六月二五日に設定登録を、平成七年九月二八日に存続期間の更新登録を経たものであり、本件第二商標は、昭和五八年一月一二日登録出願され、昭和六〇年七月二九日に設定登録を、平成七年九月二八日に存続期間の更新登録を経たものである。

被告は、いずれも平成八年七月一五日に、本件第一、第二商標につき、上記各存続期間の更新登録の無効審判を請求した。

特許庁は、本件第一商標についての同請求を平成八年審判第一一五六二号(以下「本件第一審判事件」という。)として、本件第二商標についての同請求を平成八年審判第一一五六三号事件(以下「本件第二審判事件」という。)として、それぞれ審理したうえ、平成九年一一月一四日、本件第一審判事件につき「登録第一七七七三三二号商標権の存続期間の更新登録を無効とする。」との、本件第二審判事件につき「登録第一七九五三二八号商標権の存続期間の更新登録を無効とする。」との各審決をし、本件第一審判事件の審決の謄本は平成九年一二月二二日に、本件第二審判事件の審決の謄本は同月一七日に、それぞれ原告に送達された。

二  各審決の理由の要点

本件第一、第二審判事件の各審決(以下、単に「各審決」という。)は、別添平成八年審判第一一五六二号事件審決書写し及び平成八年審判第一一五六三号事件審決書写し記載のとおり、「JUVENTUS」又は「ユベントス」なる名称は、イタリア国のプロサッカーチームである「JUVENTUS FOOTBALL CLUB s.p.a」(以下「ユベントス・チーム」という。)のチーム名の略称であり、我が国においても、本件第一、第二商標の存続期間の更新登録時(平成七年)において、サッカーファンを初めとするスポーツ愛好者の間で周知・著名であったところ、本件第一、第二商標はこれと類似するものであり、本件第一、第二商標をそれぞれの指定商品に使用するときは、これに接する取引者及び需要者をして、その商品があたかもユベントス・チーム又はそのチームと関係のある者の業務に係るものと、その出所について混同を生じるおそれがあり、このような本件第一、第二商標を被請求人(原告)の商標権として登録しておくことは、公正な競業秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものであり、商標制度の趣旨に則しないから、本件第一、第二商標は、いずれも商標法四条一項七号に該当し、その各更新登録は、同法四八条(平成八年法律第六八号による削除前のもの、以下同じ。)の規定によって無効とされるべきものであるとした。

第三  原告主張の審決取消事由の要点

各審決は、我が国におけるユベントス・チームの略称としての「JUVENTUS」又は「ユベントス」の周知・著名性について誤った判断をするとともに、商標法四条一項七号の適用を誤った結果、本件第一、第二商標が、いずれも同号に該当するとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

一  取消事由1(周知・著名性の判断の誤り)

各審決は、我が国におけるサッカーの歴史、サッカー人口等につき詳細に認定したうえで、本件第一、第二商標の存続期間の更新登録時(平成七年)において、ユベントス・チームのチーム名の略称としての「JUVENTUS」及び「ユベントス」が、我が国のサッカーファンを初めとするスポーツ愛好者の間で周知・著名であったと認定したが、それは誤りである。

すなわち、上記サッカーの歴史等に係る各審決の認定に誤りがないとしても、我が国において、サッカーと同程度に、あるいはそれ以上に盛んなスポーツは数多くあり、サッカーに関する事項は、我が国の一般人のうちのごく僅かな部分が認識するに止まるものである。

我が国において、サッカー競技に関心が持たれるようになったのは、日本プロフットボールリーグ(いわゆる「Jリーグ」、以下「Jリーグ」という。)の試合が開催されるようになった平成五年五月以降のことであって、これにより国内のプロサッカーチームの名称が知られるようになり、その後のサッカーブームの中で、サッカーの盛んなブラジルやイタリアなどのプロサッカーチームや選手が紹介され、知られるようになったが、ユベントス・チームは数多いイタリアのプロサッカーチームの一つであるにすぎず、たとえ、そのチーム名の略称としての「JUVENTUS」が一部の者の間で知られるようになったとしても、本件第一、第二商標の登録出願時(昭和五八年)はもとより、存続期間の更新登録時(平成七年)においても、日本国内で著名であったものとは到底認められない。

また、「雑誌新聞総かたろぐ」一九八一年版~一九八八年版には、「サッカー愛好者向けの専門誌」である「サッカーダイジェスト」誌につき九八パーセントが男性読者である旨が、さらに同一九八四年版~一九九〇年版には、同誌の読者の九四パーセントが小学生、中学生、高校生であることが記載されており、このことからすれば、サッカー愛好者も男子の小学生、中学生、高校生が大部分であることが窺えるところ、原告は、本件第一、第二商標を、その出願当初から、婦人用被服及び婦人用ハンドバッグを始めとする婦人用品に使用してきたのであり、したがって、本件第一、第二商標を使用されている商品の取引者・需要者層とサッカー愛好者層とはほとんど重なっていないということができる。このような状況の下で、ユベントス・チームのチーム名の略称である「JUVENTUS」及び「ユベントス」が、各審決のいうように、本件第一、第二商標が登録されていることによって、公正な競業秩序を乱し、ひいては国際信義に反するような事態が生じる程度に著名な存在にまで至っているとは到底考えることができない。

二  取消事由2(商標法四条一項七号の適用の誤り)

本件第一、第二商標が「ユベントス」と称呼するものであることは認める。

本件第一審判事件の審決は、原告が、本件第一商標を婦人用ハンドバッグに使用してきたとは認め難く、本件第一商標が婦人用ハンドバッグの取引者及び需要者に原告の業務に係る商品を表すものとして知られていたものとも認められないとし、また、本件第二審判事件の審決は、原告が、本件第二商標を婦人用のトレーナー、ブラウス、セーター及びカーディガンに使用してきたとは認め難く、本件第二商標が婦人服、婦人用衣料の取引者及び需要者に原告の業務に係る商品を表すものとして知られていたものとも認められないとした。

しかしながら、原告は、本件第一、第二商標の出願当時から、これを原告の販売する婦人用衣料全般及びハンドバッグ等の婦人用品に使用してきており、特に、昭和五九年八月からは東京都中央区銀座二丁目の「東京メルサ」内で原告の経営していたブティック「Juventus」店舗において、本件第一、第二商標を付した商品を販売していた。なお、婦人用ハンドバッグについての使用は、本件第一商標につき伊藤忠ファッションシステム株式会社に対する専用使用権を設定したため、存続期間の更新登録の出願後に停止したが、婦人用衣料についての使用は、現在も、上記「東京メルサ」内で原告の経営するブティック「NEVADA」店舗において販売する商品等について継続している。

したがって、本件第一審判事件の審決がした、本件第一商標を婦人用ハンドバッグに使用してきたとは認め難いとの認定、本件第二審判事件の審決がした、本件第二商標を婦人用トレーナー、ブラウス、セーター及びカーディガンに使用してきたとは認め難いとの認定はいずれも誤りである。

のみならず、各審決は、本件第一、第二商標が、婦人用ハンドバッグ又は婦人用衣料の取引者及び需要者に原告の業務に係る商品を表すものとして知られていたものとも認められないとして、このことを商標法四条一項七号を適用する理由の一つとして挙げているが、本件第一、第二商標が周知・著名でなければ、その各存続期間の更新登録が公序良俗に反することになるということはできないはずである。

本件第一、第二商標自体が、矯激、卑猥、差別的又は他人に不快な印象を与えるような文字又は図形からなるものではないことはいうまでもない。また、原告は、ユベントス・チームとは全く無関係に、本件第一、第二商標を原告の販売する商品に付する商標として採択したのであり、仮にユベントス・チームのチーム名の略称として「JUVENTUS」又は「ユベントス」が周知・著名であれば、激しい男性的スポーツであるサッカーと婦人用衣料・婦人用品とのイメージがかけはなれ、そのような商標を婦人用衣料・婦人用品に使用することは全くそぐわない故に、却ってこれを採択することはなかったのである。そして、原告は、上記のとおり、本件第一、第二商標を、取引の秩序を乱すようなこともなく、誠実に使用してきたのであるから、指定商品についてその使用を継続することが、国際信義、社会公共の利益、又は一般の道徳観念に反するものということはできない。

したがって、上記のような、原告の本件第一、第二商標の採択及び使用経過の下において、その各存続期間の更新登録に商標法四条一項七号を適用することは誤りである。

第四  被告の反論の要点

一  取消事由1(周知・著名性の判断の誤り)について

ユベントス・チームは、一八九七年に創立されたイタリア国有数のプロサッカーチームであり、欧州三大カップ(欧州チャンピオンズカップ、欧州カップ・ウイナーズカップ、UEFAカップ)の全部を最初に制し、また、イタリアのプロサッカーリーグの最高クラスであるセリエAにおいて、一九九五年までに二二回の最多優勝記録を有するチームとして、そのチーム名の略称「JUVENTUS」とともに、全世界のサッカーファンに著名な存在である。

我が国においても、ユベントス・チームとそのチーム名の略称「JUVENTUS」(日本語表記は「ユベントス」)は、雑誌、新聞、テレビ報道等により、あるいは国際試合を通じて、Jリーグの試合が開催されるようになる以前からサッカーファンの間でよく知られていたものであり、本件第一、第二商標の各存続期間の更新登録に係る登録査定日(平成七年五月二五日)当時、各審決の認定するとおり、サッカーファンを初めとするスポーツ愛好者の間で周知・著名であったものである。

原告は、サッカー愛好者は男子の小学生、中学生、高校生が大部分であるところ、原告は、本件第一、第二商標を、その出願当初から、婦人用被服及び婦人用ハンドバッグを始めとする婦人用品に使用してきたから、本件第一、第二商標が使用されている商品の取引者・需要者層とサッカー愛好者層とはほとんど重なっていないと主張するが、サッカー愛好者は男子の小学生、中学生、高校生が大部分であるとの断定に根拠がないのみならず、本件第一、第二商標の各指定商品である「装身具」、「かばん類」、「袋物」、「被服」等が、婦人用被服や婦人用ハンドバッグ等の婦人用品に限られるものではなく、サッカーチームのオフィシャルグッズとして取り扱われるものを含むことからしても、該主張は理由がない。

二  取消事由2(商標法四条一項七号の適用の誤り)について

原告は、本件第一審判事件の審決がした、本件第一商標を婦人用ハンドバッグに使用してきたとは認め難いとの認定、及び本件第二審判事件の審決がした、本件第二商標を婦人用トレーナー、ブラウス、セーター及びカーディガンに使用してきたとは認め難いとの認定が誤りであると主張するが、いずれも、原告の提出した証拠に基づいて適正になされた認定であって、誤りはない。

上記のとおり、本件第一、第二商標の各存続期間の更新登録に係る登録査定日(平成七年五月二五日)当時、ユベントス・チーム及びそのチーム名の略称である「JUVENTUS」及び「ユベントス」は、我が国において広く知られるに至っていたのである。そして、本件第一、第二商標は、このような著名な略称である「JUVENTUS」及び「ユベントス」と類似するものであって、原告は、ユベントス・チームの名声を僣用しようとの意図の下にその各存続期間の更新登録を受けたものであり、本件第一、第二商標をその指定商品に使用した場合には、商品の出所の混同が生じることが認められるし、仮に具体的な商品の出所の混同が生じないとしても、著名な略称のイメージを僣用することにより、該略称の有する強力な表彰力を希釈化することになるものと認められる。

したがって、そのような著名な外国の団体の著名な略称に類似した本件第一、第二商標を、当該団体以外の者が我が国で商標登録することは、我が国の国際信義を著しく害するものであり、プロサッカー自体が営業行為として行われていることに鑑みれば、商取引の秩序に反することにもなる。

したがって、各審決が、本件第一、第二商標がいずれも商標法四条一項七号に該当し、同法四八条により、その各更新登録を無効としたことに誤りはない。

第五  当裁判所の判断

一  取消事由1(周知・著名性の判断の誤り)について

平成六年一一月二五日発行の「週刊サッカーマガジン別冊錦秋号」、平成七年一月三一日発行の「セリエAハンドブック’95」、平成五年一二月二五日発行の「カルチョ・イタリア一九九三-九四」、「ワールドサッカーグラフィック」平成七年七月号、「Jサッカーグランプリ」平成七年七月号及び弁論の全趣旨によれば、ユベントス・チームは、一八九七年創立のイタリア国トリノ市を本拠地とするプロサッカーチームであり、イタリア有数のプロサッカーリーグであるセリエAに所属して、一九九五年(平成七年)までに同リーグで最多の二三回の優勝(スクデット)を果たしたほか、欧州三大カップ(欧州チャンピオンズカップ、欧州カップ・ウイナーズカップ、UEFAカップ)全部の優勝を果たした最初のチームであることが認められる。

また、昭和三九年五月三〇日株式会社白水社発行の野上素一編著「新伊和辞典」に「Juventus」の語が掲載され、「ユヴェントゥス(トリーノ市を代表するフットボール・チームの名前)。」との解説があり、昭和六〇年一二月九日の朝日新聞、讀賣新聞、毎日新聞及び日本経済新聞の各スポーツ欄には、サッカーのクラブチーム世界一を決定するとされている第六回トヨタカップの試合が、同月八日に東京都内の国立競技場において行われ、欧州代表のユベントス・チームが南米代表であるアルゼンチンのアルヘンチノス・ジュニアーズ・チームに勝った旨及びその観客数が六万二〇〇〇人であった旨の記事が掲載されており、同月八日の朝日新聞テレビ番組欄には、その試合がテレビ放映される旨が掲載されている。さらに、前示平成六年一一月二五日発行の「週刊サッカーマガジン別冊錦秋号」、平成七年一月三一日発行の「セリエAハンドブック’95」、平成五年一二月二五日発行の「カルチョ・イタリア一九九三-九四」、「ワールドサッカーグラフィック」平成七年七月号、「Jサッカーグランプリ」平成七年七月号のほか、「サッカーダイジェスト」昭和五六年一二月号、昭和五七年一二月号、昭和五八年三月号、同年四月号、同年八月号、同年一〇月号、昭和五九年三月号、同年七月号、同年九月号、昭和六〇年三月号、同年七月号、同年八月号、同年一二月号、昭和六一年二月号、同年三月号、同年五月号、同年一〇月号、昭和六二年五月号、同年六月号、同年七月号、平成二年六月号、「週刊サッカーマガジン」平成七年四月二六日号に、それぞれユベントス・チーム又は同チームの選手に関する記事が掲載され、該記事中でユベントス・チームのチーム名の略称として「JUVENTUS」及び「ユベントス」の語が頻繁に用いられており、「週刊少年マガジン」平成六年一〇月二六日号には、セリエAに所属するユベントス・チームほか二チームに係る「セリエAグッズプレゼント」の記事が掲載されている。

なお、「雑誌新聞総かたろぐ」一九八一年版~一九八七年版、同一九九〇年版、同一九九四年版、同一九九五年版には、「サッカーダイジェスト」の昭和五六年~昭和六二年の各号の発行部数が約二〇万部、平成二年の各号の発行部数が約三七万部であったこと、「週刊少年マガジン」の平成六年の各号の発行部数が約三七〇万部であったこと、「ワールドサッカーグラフィック」の平成七年の各号の発行部数が約二五万部であったこと、「Jサッカーグランプリ」の平成七年の各号の発行部数が約三五万部であったことが掲載されており、また、「週刊サッカーマガジン」及び「カルチョ・イタリア」の各発行元作成の証明書によれば、「週刊サッカーマガジン別冊錦秋号」(平成六年一一月二五日発行)の発行部数が約一二万部、「週刊サッカーマガジン」平成七年四月二六日号の発行部数が約四〇万部、「カルチョ・イタリア一九九三-九四」の発行部数が約一万五〇〇〇部であったことが認められる。

他方、我が国におけるプロサッカー競技に関心を有する者の数及びその推移を直接明らかにする証拠はないが、平成三年のJリーグ創設の一~二年前から急激に増加し始めたことは公知の事実というべきであり、前示「サッカーダイジェスト」の発行部数の推移もこれを裏付けるものといえる。そして、このことと、前示「サッカーダイジェスト」、「ワールドサッカーグラフィック」、「Jサッカーグランプリ」、「週刊サッカーマガジン」等のいわゆるサッカー専門誌の発行部数、これらの雑誌や「週刊少年マガジン」等の出版物に掲載されたユベントス・チーム及びその選手に関する記事、ユベントス・チームが出場して勝利者となった第六回トヨタカップの試合の開催及びこれに係る放映、報道記事並びにユベントス・チームのこれまでの実績等を併せ考えると、本件第一、第二商標の各存続期間の更新登録がなされた平成七年には、既に、我が国に多数のプロサッカー愛好者が存在し、かつ、これらの者を中心としてユベントス・チームの存在及びそのチーム名の略称が「JUVENTUS」及び「ユベントス」であることが多数の者に知られていたものと認めるのが相当である。

そうすると、各審決が、「JUVENTUS」又は「ユベントス」なる名称が、ユベントス・チームのチーム名の略称であり、我が国においても、本件第一、第二商標の存続期間の更新登録時(平成七年)において、サッカーファンを初めとするスポーツ愛好者の間で周知・著名であったと認定したことが、それ自体誤りであるということはできない。

しかしながら、本件第一、第二商標の登録出願時である昭和五八年一月当時については、Jリーグ創設の八年前であって、プロサッカー競技の愛好者もさほどの数ではなかったものと考えられるし、証拠として提出されたユベントス・チームに関する記載のある出版物のうち、それ以前の発行に係るものは、前示野上素一編著「新伊和辞典」のほかは、「サッカーダイジェスト」昭和五六年一二月号、昭和五七年一二月号があるのみであるから、かかる事実関係に基づいては、我が国において、ユベントス・チームの存在並びにそのチーム名の略称が「JUVENTUS」及び「ユベントス」であることが周知・著名であったものと認めることはできないというべきである。

二  取消事由2 (商標法四条一項七号の適用の誤り)について

(一) 《証拠略》によれば、原告は、東京都中央区銀座二丁目七番一八号所在の銀座貿易ビル東京メルサ店舗を経営する株式会社東京メルサとの契約により、同店舗のテナントとして、「JUVENTUSブランドを中心とした衣料」の販売を営業種目とする「JUVENTUS BOUTIQUD」を昭和五九年八月二五日頃開業し、平成三年八月までその営業を続けたこと、原告は、現在においても、同東京メルサ店舗内の「nevada(ネバダ ブティック)」店において、本件第二商標を付した婦人用衣料の販売を行っているほか、泉北高島屋、広島そごう、日本橋高島屋等の百貨店に本件第二商標を付したニット、トレーナー等の婦人用衣料を販売していること、平成七年三月頃までは、本件第一商標を付した婦人用ハンドバッグの販売も行っていたことを認めることができる。

本件第一審判事件の審決は、婦人用ハンドバッグへの本件第一商標の表示方法が粗雑で、かつ、婦人用ハンドバッグの販売数量、価格、販売先等を示す取引書類の提示がないことを理由として、原告が、本件第一商標を婦人用ハンドバッグに使用してきたとは認め難いとし、また、本件第二審判事件の審決は、書証として提出された売上伝票に示された程度の販売数量をもって、本件第二商標を婦人用トレーナー、ブラウス、セーター及びカーディガンに使用してきたとは認め難いとするが、前示の各事実関係によれば、原告が遅くとも昭和五九年頃から現在まで本件第二商標を付した婦人用衣料の販売を行って本件第二商標の使用をしていること、また、平成七年三月頃までは、本件第一商標を付した婦人用ハンドバッグの販売を行って本件第一商標の使用をしていたことを認めるのが相当であり、各審決の前示各認定は誤りであるといわざるを得ない。

(二) ところで、我が国においてその名称又は略称をもって著名な外国の団体と無関係の者が、その承諾を得ずに当該団体の名称又は略称からなる商標又はこれらに類似した商標の設定登録を受けることは、それが商標法四条一項八号、一五号等によって商標登録を受けることができない場合に当たらないとしても、当該団体の名声を僣用して不正な利益を得るために使用する目的、その他不正な意図をもってなされたものと認められる限り、商取引の秩序を乱すものであり、ひいては国際信義に反するものとして、公序良俗を害する行為というべきであるから、同項七号によって該商標の登録を受けることができないものと解すべきであるが、その登録出願の際には、当該団体もその略称も我が国において著名ではなく、それ故、登録出願が前示のような不正な意図を伴うものではなかった場合には、その登録出願後に、当該団体及びその略称が我が国において著名となったとしても、そのこと故をもって直ちに該商標に係る商標権を保有することが公序良俗を害するものになるとは解し難く、したがって、商標の登録出願時におけるかかる不正な意図の有無を問うことなく、存続期間の更新登録の当時において、該商標が我が国において著名な外国の団体の著名な略称からなり、あるいはこれと類似するものであったことを理由として、当該商標が商標法四条一項七号に該当し、当該存続期間の更新登録が無効であるものと解することは、誤りというべきである。本件に適用されるものではないが、平成八年法律第六八号による改正後の商標法四条一項一九号、同条三項、四六条一項五号の各規定の趣旨及び相互関係からもそのように解すべきことが窺われる。

しかるところ、前示のとおり、原告が本件第一、第二商標の登録出願をした昭和五八年一月当時は、我が国においてユベントス・チームの存在及びそのチーム名の略称が「JUVENTUS」及び「ユベントス」であることが周知・著名であったものと認めることはできず、また、少なくとも当時はプロサッカーの愛好者は男性が多かったものと解される(「雑誌新聞総かたろぐ」一九八一年版~一九八八年版に、前示「サッカーダイジェスト」につき九八パーセントが男性読者である旨が記載されていることからも、そのことが窺われる。)ところ、原告は、本件第一、第二商標の登録出願後、本件第一商標については、存続期間の更新登録の出願の頃までこれを婦人用ハンドバッグに、本件第二商標については、現在に至るまでこれを婦人用衣料に、それぞれ使用してきたのであって、かかる事実に照らせば、原告が本件第一、第二商標を採択した理由が何であれ、ユベントス・チームの名声の僣用その他同チームに関連する不正な意図をもって、その登録出願をしたものではないことが認められる。

そうであれば、本件第一、第二商標がいずれも商標法四条一項七号に該当し、その各存続期間の更新登録は、同法四八条の規定によって無効とされるべきものであるとした各審決の判断は誤りであるものといわざるを得ない。

3 よって、各審決は違法であって、原告の本件各請求は理由があるから、これをいずれも認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水 節)

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